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カメルーンのサッカー事情と世界遺産

Fifa_220k_2 2010年W杯FIFAのリーグ戦で日本のチームがカメルーンに勝利して、カメルーンの名はいやが上にもよく知られるアフリカの国となりました。W杯はアフリカの虹の国南アフリカで開催される初めての機会となり、メディアの報道がブームになりました。

NHKは、欧米で制作されたアフリカのドキュメンタリーを放映し、またNHK制作のドキュメンタリーが放送されました。その一つが「世界のサッカー事情-さまようアフ リカの少年たちーサッカードリームの光と影」です(NHK 2010/6/14)。

サッカーW杯の熱狂的ファンとブブゼラに奇妙な騒音?の裏の影とは何なのかです。

さまようサッカードリームの影

このドキュメンタリーの舞台はカメルーンですが、他のアフリカの国の場合も同様なサッカー事情を抱えています。

940k カメルーンは、国民的サッカー選手、サミュエル・エトウを生みました。エトオの別名は黒い宝石です。

エトウは16歳でスペインのサッカークラブにスカウトされ、カメルーン代表としては最多得点保持者になり、3度の優秀選手賞を受賞するなど数々のタイトルを獲得しています。彼の年俸は約13億円ともいわれています。

しかしサッカーを目指す少年やその親は、サッカーの新人発掘に重960k 要な役割をはたすエージェントに騙されて、ヨーロッパへの渡航費を詐取されるとか、書類の偽造などのサギまがいの被害に会うことは珍しくありません。

少年はエージェントの紹介でサッカークラブの入団テストを受け、合格すれば契約して選手への道を歩むのですが(右図)、彼らは入団テストさえ受けること出来ないことも多いのが厳しい現実で、サッカードリームへの道は険しく、契約まで至るのは極めてわずかです。

970k かつてカメルーンからフランスのサッカークラブに移籍したサッカー選手のジャンクロード・ムブミンは、プロサッカー選手になるためにヨーロッパに渡航した少年たちの深刻な現状を知って、少年たちの相談にのるNGO、フット・ソリデールをパリに立ち上げました。

契約できないままにパリ滞在を余儀なくされ、相談に来る少年たちはこれまでに1,200人を越えたといいます。

彼らの多くはサギまがいの被害者です。親から金を巻き上げただけでドロンされた場合も少なくありません。その偽らざる現実をジャンクロード・ムブミンは伝えます。

スカウトされながら夢を断たれた17歳のプピナ

950k 5歳でサッカーをはじめ、得点王で名を成したプピナは、エージェントにスカウトされてポーランドに渡航し、入団テストを受けますが入団テスト中に膝を故障して脱落。しかもスカウトした者は現れません。

むなく1人バスと電車を乗り継いでパリにたどり着きます。次のチャンスを捜すために、まだプロになれない同じ境遇のカメルーンの友人と間借り生活を始めます。

週一回、偽の香水などを売るアルバイトをして家賃を稼ぐ生活が続き、プロへの夢は遠くなってしまいましたが、家族の期待もあるので故国へは帰ることもできませんでした。この5月、彼との連絡は途絶えたといいます。

少年たちの中にはビザがなくなり不法滞在のままパリに留まるとか、犯罪に巻き込まれる者もいます。

マリウス19歳はプロを諦めて、働きながら子供たちが詐欺に会わないように守る新しい夢を抱く

950k_2 カメルーンのユース代表に選ばれたマリウスは、16歳でスカウトされ、ナイジェリアのホテルでエージェントに会う予定をすっぽかされ、さらに母が借金して工面した約30万円の渡航費は詐取されてしまいます。

渡航費は通常エージェントが払うとされていますが、少年にプレッシャーをかけるために親が払うのだそうです。それでもマリウスは諦めず、3年かけてスペインにたどり着きます。しかしその間の練習不足もあって気力もなくなり、ついにプロを諦めます。

940k_2 マリウスの母は、自宅近くで小さな屋台を開いて雑貨を売って借金返済にあてていますが、その売り上げは一日330円ほどで、返済には4年もかかります。家族は親、兄弟とその子どもたちを加えた11人。

それを母1人で支えます。マリウスには帰ってきてほしいと思いながらも、帰国しても若者には仕事がないので、それを伝えることができません。貧困の中で希望は見いだせないのです。

マリウスは、パリ郊外日雇いの生活を続けながら、諦めの中で新しい夢を抱きました。

それは子どもたちがサギに会わないように守ることです。将来子供ができたらやはりサッカーをさせてやりたいとも語り、サッカーへの強い思いは変わりません。

ヤニック16歳は、FIFAの規定改正で契約寸前に断たれる

950k_3 カメルーンのヤニックは14歳でアフリカの代表になった9人兄弟の三番目です。父親は白人のスカウトに訪問されただけで舞い上がり、期待をはずませ、いわれるままに、入団テストと往復航空券代を払い、その後さらに滞在費として17万円を支払います。エージェントは四つのクラブの入団テストを受けさせたので、費用はさらにかさみました。

父親はその上にヤニックの成功を見込んで70万円の借金をして新しい家を建て始めます。しかしエージェントに入団に失敗したといわれて建築は中断。

この経緯をしったフット・ソリデールはエージェントと父親との契約書の調査をします。直接エージェントを訪問して滞在費や通常10%が相場の肖像権が90%と高率な点などを問いただしますが、明確な回答を得ないままに終わってしまいます。

ヤニックは、スペインの地中海に面する港町のアルメリアのクラブ(スペイン一部リーグ昇格のクラブの入団テストを受けて将来性を認められます。喜び勇んで正式契約に向けて練習に励んでいた矢先にFIFAの規定が改定され、16歳のヤニックの契約ができない事態が発生します。

Fifa_950k FIFAは、サギ行為や、安く買って高く売りぬけるエージェントの問題を解決するために、2009年10月、未成年の国際移籍を規定する19条を改正したのです。

18歳未満は移籍先で親がサッカー以外の職業についていなければ移籍できなくしたのです。これまでは後見人がいれば移籍は可能でした。

この改正の結果、事実上少年たちはヨーロッパに行けなくなったのです。改正はヤニックが正式契約する予定の一カ月前でした。唯一の解決方法は親がスペインに来て働くことでしたが、そのあてはありません。

これを知ったフット・ソリデールがクラブと一緒になって解決を図る努力を傾けましたが、いかんともしがたく万策尽きます。

ヤニックは「悲しいとしかいいようがないよ。辛いのは僕だけじゃない。父さんも母さんも同じだ」といいながら、なおエトオ選手を目指す心は持ち続け、スペインを離れてパリに向かいます。

フット・ソリデールのジャンクロードはヤニックをパリに暖かく迎え、福祉施設を紹介し、ヤニックはゼロからの出発を始めています。

フット・ソリデールはFIFAにヤニックの報告をし、FIFAはこの夏に本格的調査を行うことにしました。

ジャンクロードは語ります。

「19条の改正で全てが解決するとは思いませんが、サギから守る方950 向には進めました。この問題の根源にはアフリカ社会の貧しい現実があります。親には子どもを守る責任があり、クラブには選手を育成する責任があります。FIFAも各国のサッカー連盟もみんなが自分の責任を果たしていけば、このような問題はなくなるはずだと思います。僕たちの使命はアフリカの人々の意識を変えていくことだと思っています」。

フット・ソリデールやFIFAの活動はまだ始まったばかりです。サッカードリームの影の少年たちを取り巻く厳しい現実は今も変わりません。

足のスポーツ、フットボール(サッカー)とアフリカの因縁

少年の頃は短距離の走りができるだけで、動体視力が弱かったので球技に疎いままに生きてきましたが、深く球技に興味を持ったのはW杯FIFAが初めてです。そのためかサッカーの影の部分に心惹かれただけでなく、サッカーの他のスポーツとの相違にも興味を持ちました。そこでサッカー談議です。

サッカーはカメルーンの公用語の一つのフランス語では「フットボール」-足のスポーツです。ヨーロッパのクラブには多くのアフリカ出身の黒人選手が活躍しています。アフリカ人がフットボールに優れているだけではなく、アフリカの貧困から抜けでる数少ない職業であるからです。

フットボールはいうまでもなく足と脚を使います。野球は手と腕を使ってボールを投げ、またバットでボールを打ち返す動作が基本です。両スポーツに共通な点は共に頭脳を使うことです。

生理学的には、足と指は退化して役に立たず、専ら歩くための機能に特化していて、手に比べればたいへん不器用な器官です。この不器用な足を、訓練と練習で鍛えあげて大きなボールを蹴りあげ、ドリブルし、シュートして勝負を決するスポーツ、それがフットボールの真髄です(頭自体を使うヘッディングもサッカーの一部ですが、その役割は大きくはありません)。もともと器用な手を使う野球とは大きな違いです。

サッカーは、足と脚との共同で、百メートルほど遠くに大きなボール移動させます。手と腕の野球はこれが苦手で、ホームランはバットを介在させなければなりません。しかもサッカーは大きなボールを蹴って目的の方向と着地点に確実に送ることが必要です。

それには、ボールの速度と角度を制御し、さらにはボールの回転を制御して三次元の軌跡を描かせる高度な足の技が要になります(この辺はフットボールに興味がなかった者のにわか仕込みの分析で、誤りがあるかもしれません。コメントください)。

さて人類は四百万年以上も前にアフリカで誕生しました。人類への道の偉大さは四足歩行の霊長類から、立ちあがって移動する二足歩行に進化したことです。

他の霊長類と人類の相違の主役は二本の足(脚)です。人類の歩行は四足時代の後肢に託され、前肢は手として地面や枝から離れて独立し、きめ細かな動きを獲得し道具を使えるようになりました。

これによって人類は道具を使い狩猟採取の新しい生活を営むことが可能になりました。この二足歩行の人類はアフリカで誕生したのです。

これでフットボールの才能に長ける選手とアフリカとを因縁付ける意図がおわかり戴けたと思います。

人類の誕生がなぜアフリカなのか。その理由は別にして、アフリカが二足歩行の人類を生んだ舞台であり、従って足(脚)の機能を最大限に使ったスポーツは、アフリカ人の天性のものだというところに繋げたいわけです。

この考えをこじつけの因縁話だと一言でくくってしまうこともできるでしょう。しかしただ単に、アフリカ人はサッカーがうまい(生理学的意味での)人種だというより少しは意味があるのではないかと思うのです。

アフリカ人の皮膚の色について

いささか蛇足になりますが、ここでシリーズ「眼」を制作する立場か皮膚の表現に少し触れます。

これまでのシリーズ「眼」でダルフールの悲劇を背負った子供の絵を主題にした油彩を制作しましたが、アフリカの子供の眼の周りの色彩をどう表現するかが難題でした。絵全体の色彩構成上の処理ではあるのですが、黒を絵に溶け込ませるには深層心理上の抵抗もあって、これまでは褐色を使ってきました。

しかしアフリカの人類の誕生の地としてのアフリカの有利な条件として、赤道直下の太陽光の恩恵が寄与したと考えれば、黒い皮膚の色は自然です。

赤道に近くで有害な強い紫外線を遮るためにはこれを吸収する黒い皮膚が好都合だからです。そう考えて黒い皮膚の表現の迷いから抜け出せたように思います。

910k 今年1月12日、大震災に見舞われたハイチの惨状に触発されて、ハイチの「眼」の油彩を構想しました。その準備のためにもと、ハイチ人作家マリーズ・ピエールの小さなアクリルの原画「日々の区暮らしの環」を入手しました。その絵はハイチ人の皮膚の色を漆黒から浅黒まで細かく描きわけています。他のハイチ画家もリアルに肌の色を表現しています

ハイチ人やアフリカ人にとっては考えるまでもなく当然のことですが、私は黄色い肌の生身のものからは必ずしも意識せずに描くことができませんでした。

むろんハイチの人々は、カメルーンの約1,000km西のガーナなど旧奴隷海岸の地域から奴隷として植民地のハイチに移住させられた人々の子孫です。

これらの絵の皮膚のレアリズムは考えてみれば当たり前のことで、目から鱗でした。

初期の人類から現代のホモサピエンスまでのアフリカの人類の皮膚が黒かったかどうかは判りませんが、誕生した人類の生存には有利だったでしょう。

黒い皮膚の人類はやがて新たな住む地を求めてアフリカを出て、北や東西に移動し紫外線の少ない土地に進出して次第に皮膚の色を薄くし、黄色や白色になっていったのです。

前回のブログで差別的意味合いがある「ブラックアフリカ」に代わってサハラ以南を「サブサハラ」が使われていることを書きましたが、サッカーとアフリカの歴史の因縁を考えますと、黒い皮膚は人類発祥の地としても誇りの色ではないかと思うようになりました。絵画制作に当たっては、画面上の黒の配色上の扱いが課題です。大胆に表現することになると思います。

FIFAサッカーチームの多国籍と世界の平和

ヨーロッパではアフリカからの移籍選手が加わって国単位のチーム名は便宜的なものになっています。選手だけではなく監督の国籍も他国籍が珍しくありません。熱狂的なチーム応援の旗は、主力選手の国籍を表す国旗ですが、いかに熱狂的であろうとも、その旗は応援の便宜でしかなくなっています。

フットボールが職業的になり商業的になろうとも、いやそれ故に政治を離れて世界の平和に貢献できるとの主張が説得力を持つのは、チーム員と監督の国際性に基礎を置いているからなのでしょう。

ついでにいえば、相撲は手も足も使うスポーツです。最近の大相撲の番付(2010/7/5)を見ますとその39 %はモンゴル、ブルガリアなどの外国力士です。日本の国技-スポーツとはもはやいえません。

大相撲の伝統としての部屋割り等の構成や勝負様式は日本のものですが、FIFAと同様多国籍の力士たちの個人の闘いとなっています。

その大相撲今野球賭博等の不祥事で揺らいでいますが、この不祥事はいわば相撲界の影です。相撲界の改革を論ずるに当たってはこのことも十分考慮していく必要があるのではないでしょうか。

カメルーン経済と世界遺産

サッカードリームの影には、貧困が横たわっています。カメルーンの歴史と経済の概要を調べました。

カメルーンのサッカーが盛んなカメルーンの先住民は8,000年前のピグミーのバカ族に遡ります。1470年のポルトガルの入植に始まり、1884年のドイツ帝国の全土掌握、ドイツの第1次大戦敗戦でイギリスが「西カメルーン」、フランスが「東カメルーン」の委任統治領となります。そのあと第二次世界大戦でドゴールの自由フランスの拠点となり、1964年に信託統治領、1957年には東カメルーンに自治が認められます。

その後1960年にフランス領カメルーンが独立し、イギリス領カメルーンは北部のナイジェリアと合併し、南部はカメルーンとの連邦となりますが1972年に連邦制が廃止されカメルーン連邦共和国となります。現在は数次の大統領の選挙を経て、カメルーン共和国となりました。

カメルーンの人口は1952万人(2008年)。GDPは1人当たり1,114ドルで日本の35,254ドル(2007年)の約32分の1です。原油が産出し、サブサハラでは経済的には成功の部類に入っていますが、依然として貧困国の一つです。

日本との関係ではコーヒーの輸出が際立ち、ついで木材と綿花、日本はトラック、乗用車に次いで機械を輸出しています。日本はフランス、ドイツに次ぐ貿易国です。

カメルーンのサッカーへの異常なほどの夢とその影の根底には貧困があるとジャンクロードは語っていますが、カメルーンの貧困の解決への道は遠いといわなければならないでしょう。

ただし例外がありました。

カメルーンの世界遺産保護区に住むバカ族

1987年にユネスコの世界遺産に登録されたカメルーンの「ジャー動物保護区」に住む「バカ・ピグミー」族です。

950k_4 バカはカメルーン以外にコンゴやガボン北部や中央アフリカ共和国に住んでいます。人口は正確には判らず6万人から2万8千人といわれています。彼らは狩猟採集民で、この8,000年間、殆ど生活様式を変えていないといわれています。

カメルーンのジャー動物保護区に暮らすバカは、「狩人が生きる最後の森-原始林」の中で狩猟生活を営んでいます。彼らは収穫物を全て平等に分け合っていて、その生活は遠い昔の原始共産性の面影を留めています。(TBSのTHE世界遺産 2010/6/13)。

870k バカの男たちは共同で罠を仕掛けて動物を捕獲し、女たちは川を堰き止めて水を掻い出し小魚を捕ります。蜜を好み、男たちは木の穴の中の蜂の巣を燻りだし、女たちは土の中の羽虫の甘い巣を取り出して食します。

バカは収穫物を平等に分け合うだけでなく、決して必要以上のものを収穫することはしません。住930k 居は半球の形に木で組み上げられ葉で覆われています。いずれは自然に帰ります。

バカは持続可能な生活を長年続けてきた、環境の時代の先輩格の民族です。

彼らは、THE世界遺産のナレーションは、バカは「生態系」に組み込まれていると断言しました。「生態系」は「生息地」と共に生物多様性が失われつつあるこの時代のキーワードです。

910k 地球上の栄えてきた何千万もの種のうち年に最大14万種もが絶滅しているという推定値があるほどの事態です。2010年は生物多様性年でこの条約に締結国会議のCOP 5が名古屋で開催されます。

絶滅に瀕する生物が増加しています。あらためてバカの生活の重要さに気付かされます。

学名ニッポニア・ニッポンの日本産の野生のトキは絶滅し、メダカは童謡の中にだけ生息しています。

700k さらに身近な例では秋の七草の「オミナエシ」が野山に少なくなって絶滅の危機にあり、辛うじて園芸種となって細々生きています、数年前に植えこんだ庭のオミナエシは育て方が悪いのか小さくなっています。

さしずめバカ族の「生息地」はジャー動物保護区というべきなのでしょうか。この地区が世界遺産として保護されているとすれば、バカの人々にはいささか失礼にあたるように思います。

彼らは決して保護されている存在ではありません。環境の時代の手本となる持続的な生活を営んでいます。彼らの最大の恐れは森林伐採です。森が消えれば動物や植物もなくなり、彼らの必要とする食糧や医療品である薬草もなくなってしまいます。

870k_2 また森に住む動物の密猟も脅威です。ジャー動物保護区の動物が密猟され、貴重な動物の密売が増加しています。バカの長老格のエサンベ・ジャン・ピエールさんはこのことを恐れています。

密猟の増加はバカの「生態系に組み込まれた」生活を脅かし、貨幣経済に蚕食され、長期間も継920k 続されてきた原始共産制が破壊される危惧が顕在化しています。

バカの人々を脅かしているのは産業革命以後の生態系の破壊-地球温暖化などを招いてきた他の民族です。

バカの人々はカメルーン政府の義務教育をも殆ど受け入れずに自らの運命を森に託しています。森林伐採や森の動物の違法な狩猟だけではなく、温暖化は森の生命にも影響を与え続け、バカの人口を抑制する方向に進むことが懸念されます。

この人口抑制については別の見方ができます。

バカに限らず世界の少数民族の多くは生態系の一部として生き残ってきました。彼らの人口は少数です。これは生態系の許す範囲の生活であり、飢餓や貧困とは無縁ですが、疾病や自然の災害を積極的に解決する術を展開できず、おのずと人口抑制が図られてきた結果とも考えられます。

さらにバカ族の生活のような生態系に組み込まれた生活にはもう戻れない。これまで展開してきた経済発展の否定は意味がない。経済と環境は相反するので、地球温暖化については、可能な範囲で低炭素化を推進するのが妥当であるとの考えが経済界にはあります。

これに対してこの二つはトレードオフの関係ではなく、過去の日本の自動車産業が厳しいマスキー法を逆手にとって新技術の展開に成功した歴史がある。この再現が以外に目指す方向はないとの主張があります。

これまでの人類の肯定的な面を維持していくにはこれしかないと思います。しかしこの方向へは、バカの人々の生態系適応の生活を反芻しながら実行に当たっていく必要があるのではないかと考えます。

温暖化が進み持続的生活ができなくなっても、バカの人々は8,000年前と同じ生活を続けていけるのでしょうか。これはバカ以外の人間にも問われています。

生態系を破壊してきた人間の責任門題を含めて、その答えはこれからの歴史が与えてくれるはずです。

カメルーンの「眼」

920k_2 「生態系の中に組み込まれた」バカの子どもたちの何気ない顔は純そのものです(THE世界遺産/TBS)。

アフリカの内戦や飢餓、サッカーでサギに会った青少年の顔ではありません。


彼らの澄んだ眼は、明日のバカだけではなく、他の世界の子どもの希望の眼であってほしいと思います。

この眼の維持は地球に生を受けたもの全ての責任であり、サッカーに捧げる情熱の分け前も要求しているのではないでしょうか。

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コメント

サッカーは頭(ヘディング)が意外と重要です。高く上がったボールはプロはまず間違いなくまず敵より早く頭で触ろうとします。あの選手は空中戦に強いなどと言いますが、その場合はヘディングが強いということです。 
胸でボールをトラップするのも大事です。ちなみにゴールキーパーだけでなく、フィールドプレーヤーもボールがタッチライン(フィールドの両サイド)から出た場合は、手で投げ入れます。(スローイン)出た場所がゴール近くで、プロですごい人は30m以上も飛ばせるので、味方の誰かの頭を狙ってゴールにつながることもあります。

ご指摘ありがとうございます。
頭や胸などもフットボールでは重要な役割を果たしていますね。それにしても強いヘディンヂングで頭脳への影響はないのでしょうね。
このブログでは、二足歩行を始めた人類の発祥の地のアフリカが、フットボールの選手の産地である因縁を特に取り上げ、足のスポーツである点を強調しました。一つのフットボールの原点を見つけた思いがしました。

吉木 先輩に
大賀のハス見事ですね。撮影術も最高です。
 サッカーと事情:人間は本来衣食住が満たされてから趣味やスポーツに専念できるものが自論ですが、カメルーンの子供たちはまさに逆、これも貧困が彼等を犠牲に。現実は生きるためには手段を選ばずといえましょうか。将来生まれ出ずる子供たちのために、大人が何とか踏ん張らないと。
 バカ族はジャー動物保護区内が居住区域とか、初めて知るとともに、かってアリゾナ・ネバダを旅した折にみたナバホインデアンの実態と同じであることを思いだしました。人間が人間を、文化の美名のもとに文化柵を設けて囲っている感じがしてなりません。
 皮膚の色変化(黒色から黄・白色)についての見解、興味深いものがありました。が 古生代 中生代という億年単位では、多種類の動物が環境への順応として、形体がゆっくりと変化してきたようですが、新生代のごく最近誕生したホモサピエンス、短期間の中で、遺伝子は簡単に変わりえるものか否か、議論の余地がありそうにも思えますが・・。 次回のレポートを楽しみにしております。

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