持続可能な農業-ハイチの希望(Deer)
「一つの不幸が来れば、前の不幸が押しやられるとよく人は言う。そしてジャーナリストたちはいたずらに他所に駆けていく。」
ハイチ人の作家、ダニー・ラファリエールは、ハイチ震災日記の最後ページにこう書きました。しかし、いたずらに他所に駆けて行かないジャーナリスト・ジャーナリズムがあります。ハイチを裏庭と呼んでいるアメリカのニューヨークタイムズ(NYT)です。
NYTはハイチ地震を発生時からその詳細を伝えてきています。私のハイチの地震に関する情報のほとんどすべてがNYTに依っています。現在はNYTの定期購読者として、毎日e-mailが配信されていますが、その上 alert と称する特定のテーマについてのニュースや情報の配信システムがあり、そのうちのハイチ関係と災害関係(特に日本の災害関連)にalert nameを登録しており、このalertが主なニュースソースです(前者がHaitiKen、後者がdisasterKen)。
ハイチ地震二周年ということもあるのでしょう。特にHait alert はこのところ四五日おきに配信されてきています。
カナダを拠点しにして、テレビのラジオのホストや脚色またジャーナリストとしても活動しているダニー・ラファリエールに、この例外的存在のNYTを紹介しようと彼のブログを検索してトラックバックをつけようと試みましたが残念ながらみつけられませんでした。これまでハイチの情報そのものはNYTで収集できましたが、ハイチ人個人については日本の関係者以外はおりませんでしたので是非生の声などを聴きたいと思っていたのですが。
でも一つだけ見つかりました。ラファリエールの『帰還の謎』は、二〇〇九年にフランスの メディシス賞を受賞しています。この作品は、父の死をきっかけに、
イントロが長くなりました。
NYTの記事で注目しましたのは、「ハイチは再び豊かになれる」と題した読者の投書です。読者といっても「ハイチ:歴史の余震」の L. デュボアと「奴隷の物語を越えて」の D. ジェンソンの二人の作家になる投書です。二人は米デューク大のハイチ人間性(humanities)研究所の共同ディレクターです。
この投書を要約してお伝えしましょう。
ハイチは「西半球の最貧国」ではなかった。悲惨な地震後の二年が経ち、政治の混乱、コレラ蔓延、いまだに高速道路脇の間に合わせのテントに多数の難民が住んでいる。だがほぼ19世紀中のハイチは農業革新、生産性と経済的成功の地であったことが忘れられている。地震を契機にして、よリよき未来の基礎を築く必要が語られてきている。
ハイチはかつて尊厳あるハイチ人、自主と富をもたらした小規模農場システムと分散経済であった。奴隷制からの解放を成し遂げた1804年の独立は反大規模農業(反プランテーション)システムの創出に導いた。奴隷として島民はサトウキビを収穫しながら、自分の小さな農園を耕して自活し、持続可能な農業と呼ぶべき相互収穫(inter-cropping)の洗練された農業技術を発展させてきた。これは多品種を近接して植えこみ(混植)収穫する農法である。解放後のハイチ人は、家畜の飼育、果物の生育、根菜類、輸出用のコーヒーさえ世界市場に供給する知識を獲得した。彼らの小規模農場は奴隷時代のプランテーションへの解放後の復帰可能性に先んじたのである。
アメリカは1862年までハイチを認めなかったが、米商人はこの島国と熱心に貿易を行った。ハイチ経済は11の大きな自治領域で港があり、国内の軋轢や中央政府の統制、税制 、外国商人のパワーなどによる農民の搾取があったが、地域経済は生き延び、地域政治と軍システムが多数のハイチ人の命運を確かにした。
20世紀になり、アメリカの占領で、外国人による土地所有を許す憲法修正を行わせ、首都中心の経済集権で、小規模農場はプランテーションに変えられた。多くの農民は土地を取り上げられる結果となった。これに対する反抗にアメリカは憲兵隊の創設で対抗。ハイチ人は都市やキューバ、ドミニカ共和国に逃げ、地域の環境と経済が悪化し、国外大移動(エクソダス)が起こり、首都ポートプランスは過密都市となり、また ハイチの食料の半数が輸入されている。
上の写真は1920年、米海兵隊がハイチを占領してハイチ人兵士を訓練している図(共同筆者のL. デュボアの「ハイチの悲劇的歴史」の書評から)。アメリカはベトナム戦争でベトナム兵士と農民の区別がつかずに村全体の焼失まで行ったが、ハイチでは反抗者を匿っているとして同様の所業をすでに行っていたのです。
ハイチの地震は金の流れをハイチにまた小規模農場システムの再生の機会となりえる。ハイチの新大統領(旧歌手)、M.マーテリー は経済の脱集権化の必要を語り農民を支援するプロジェクトを始めた。これ以外にもできることはある。
農村経済への投資は自身を生み、都市の危険な過密を緩和し、特に慢性化した栄養不足や食料不安を終わらせよう。
ハイチ人が2012年に再建する最良の青写真は、彼らの誇る力強い歴史から描かれるであろう。
これはハイチの希望の青写真といってよいでしょう。ハイチの公用語クレオール語(ハイチ)で希望はDeer(ディー)です。2004年、ハイチの貧民窟の育った双子兄弟の兄エリクソンは「僕はDeerを捨てない。生きているかぎりDeerがあるから」と話していました。そのDeerが叶えられうる具体的な希望への機会が訪れているのでしょう。
希望に実現への道のりは決して平らではないでしょうが、すでに始まっている
ようです。
「ハイチの持続可能な栄養を作る」と題するNYTの記事では、栄養たっぷりなピーナツバター用の国産のピーナツで仕分けているハイチ女性の写真が掲載されています(左 2011/11/1付)。
「地震被災の国が田舎の道の復旧の試み」では、32歳の前店主がトマト農園を開き「もうポートプランスには戻らない。ひどい苦痛ほもういやだ。この仕事はきついが完璧な平和な生活がある」と語っています。
この記事にはハイチの少女が村で料理を手伝う姿の写真が載っていて、そのキャプションは:蘇る田舎のハイチの村は国の輸入食品への過度の依存から引き離すことになるだろう-(右 2011/12/24付)。希望を感じさせる、ほほえましくもいい光景です。
ハイチ人には近年発展を続けるブラジルが、厳しいながらも働く便宜を与えています。ハイチからバスで隣国のドミニカ共和国へ移動し、飛行機でパナマエ、ついでエクアドルにそこからペルーに、そして徒歩でボリビア、そこからブラジルのブラジリアへ。妻子を連れた職を求める長旅は容易ではありません。
ブラジルはアマゾン地区の開発で建築労働者不足し、地震後の二年間で約4000人がのハイチ人がブラジルに移住しています。
ブラジルはハイチに恵国待遇を与えています。パキスタン人やインド人には就職の機会が与えられていません。ブラジルは極度の危機に瀕しているとしてハイチに人道的支援を与えていると当局者が語っています。
ダニー・ラフリエールは、ブラジルとハイチは、コーヒー、サッカー熱とヴォドォ(ブードー教)の三つの共通点がある。ハイチ人がアフリカから持ち込んだヴォドォは、ブラジルではヴォドォのヴァリエーションであるカンドンブレでこれが流行っているといいます。ハイチ人はハイチとのサッカーでさえブラジルを応援するそうで、ブラジルのハイチびいきは人道的配慮だけではないように思われます。
一方でハイチの地震後の大きな希望の一つは暫定ハイチ復興委員会(I.H.R.C.)です。I.H.R.C.はクリントン前アメリカ大統領とハイチ首相が共同議長。I.H.R.C.のミッションはハイチ復興で、被災者の3万人のテント生活者への住居の供給、教師教育等のプロジェクトの計画と促進と協力などです。
資金提供は2国間、多国間、NGOや民間、世界銀行などですが、大統領の交代やその力量不足などでプロジェクトの進展は遅れてほとんどが完了しておらず。またたは十分な資金提供がなされていません。
しかもこのI.H.R.C.の支援期限が昨年の10月21日に切れて、マーテル大統領はハイチ議会で期限の延長に失敗しています。資金量といえば世銀が住宅や教師教育、生徒等への給食に約180億円を承認、また供与が36億円などの額です。
とはいっても、この2年で進捗を示したものがあります。27万立方メートルの瓦礫の半数が首都などから撤去され、多くの国民が地震以前より清浄な水を使えるようになっています。韓国の衣料メーカーの投資で工業団地が造られ2万人の雇用が約束されています。ハイチ政府はポートプランスからの再定住のための恒久住宅や職の供給の国家戦略が求められているのです。
その方向は先の投書に書かれた19世紀の小規模農業の分散による自律経済と符号し、重なるところがありますが、その実現には多くの乗り越える課題が横たわっています。
ハイチはアメリカの「裏庭」の小国です。その行く末は、強力な金融資本や投機資本が支配する世界経済の中で、どのように小規模農業や小企業中心の経済社会を創造し維持していくことができるかが大きな課題です。
ハイチでは西欧の列強が市場経済中心ではなく、ハイチ人の人権問題としてハイチ経済を認め支援していく姿勢が欠かせないのではないかと考えます。
1920年代のアメリカのハイチ占領の時代は決して繰り返されることはないでしょう。アメリカの覇権主義は確実に弱まり、イラクに続いてアフガニスタンから米軍の撤退が始まっています。これもまた希望だと言っては皮肉がきつ過ぎるでしょうか。
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